WEBデブリ

WEB上のデブリです。

【短編】怪獣ぽちは泣きながら街を壊す

以前、2ちゃんで「誰かがタイトルを書けば誰かが設定を書いてくれる」みたいなスレで印象に残ってたのを書いてみました。 
 
拙い出来ですが読んでもらえれば幸いです。 
 
 
怪獣ぽちは泣きながら街を壊す
 
ⅰ.
「マイペンラーイ」の国で生まれ、どんぶらどんぶら船に揺られてはるばる日本までやってきたぼくの名前はぽちという。 
怪獣のぬいぐるみだ。自分で言うには悲しすぎることなんだけど、ぼくの見た目はまったくかわいくない。お世辞にもかわいいなんて言えたもんではない。 
 
そんなもんだからぼくはおもちゃ屋の店頭で必然的に売れ残っていた。しかしそんなぼくを一目で気に入り手に取ってくれたのは今の持ち主たけしくんだった。ぼくの名づけの親でもある。あのままだと何年間も売れ残り、焼却処分になる運命だったぼくを拾ってくれ、名前まで付けてくれて今までの十年間かわいがってくれたたけしくんのことがぼくは大好きだ。たけしくんが望むことなら何でもしてあげたい。ぼくにでき得ることならば。 
 
まったくかわいくないぼくを選んで十年間もかわいがってくれているという話を聞いて気付いた人もいるかもしれないけれどたけしくんはちょっと変わっている。十五歳にもなって怪獣のぬいぐるみに毎晩自分の夢を語りかけてくるし、その夢もその夢で「ウルトラマンとか仮面ライダーみたいなヒーローになって地球に迫りくる脅威を取り除きたい」というものだ。はっきり言ってバカげているけどぼくはその夢をかなえてあげたいと本気で思っていたし、たけしくんも本気でヒーローになれると思っていた。ぼくの思いが強かったせいか、たけしくんの思いが強かったせいか、それとも2人の思いが合わさってなんらかの特別な力が発揮されたせいなのかは定かでないけれど、唐突にその夢はかなえられた。 
 
 
 
ぼくが本当の怪獣になることと、たけしくんが本当のヒーローになることによって。 
 
 
 
今こうしてこの話をできているのもぼくが本当の怪獣になれたおかげだ。
 
 
ⅱ.
ある日の深夜、すやすや幸せそうな寝息を立てているたけしくんの部屋の窓からなんだかよくわからない光の玉みたいなものが入り込んできた。それはとても綺麗であたたかそうで、見たものに「触ってみたい」と思わせるような不思議な引力を持っていた。 
 
そのころのぼくはまだ自分で動くことができなかったので宙にほんわりぽやぽや浮かんでいる玉をぼんやりと眺めるくらいしかできることはなかった。玉はしばらくの間ほんわりと宙に浮かんでいると、急に2つに分裂した。1つはたけしくんの胸の上に、もう1つはぼくの胸の前まで飛んできた。そしてそれらの玉は同時にぼくたちの胸の中に入り込んできた。 
 
体の中に光の玉が入り込んでくると、自分の意志で体を動かすことができるようになった。と同時に頭の中に「怪獣ぽちよ。街へ出よ。さすればあなたとたけしの望みはかなえられるであろう」という変な声が響きだした。それは何度も何度も何度も何度も頭の中で繰り返されて、その声を聞いているうちにぼくの考えもだんだんと声に従う方向へ向かっていき、家の外へ出るのは少し怖かったけれど、ぼくは一人で外に出た。そうすると頭の中の声は止み、ぼくは巨大化した。それはぼくの怪獣デビューだった。 
 
 
 
誰からも祝福されない怪獣デビューだ。
 
ⅲ.
巨大化したぼくには意識はあったのだけれど、どういうことか体が思うように動かない。手も足も、声でさえも思い通りにはならなかった。野放しの手足はぼくの意志とは裏腹に家を壊しビルを壊し橋を壊し駅を壊しながら街の中心地へと進んでいく。 
 
 
ぼくはこんなひどいことなんてしたくない。それぞれの人にはそれぞれの生活があって、それぞれの物にはそれぞれ刻んできた歴史がある。それは大切なもので、決して軽々しく扱っていいものではないのだ。 
 
 
なんて考えるぼくは暴走する体を止めることが出来ずに壊されていく殺されていく街や人を呆然と眺めているしかなかった。「誰でもいいから止めてくれ」そんなことを考えていると大地を揺るがす大きな音がした。それは巨大な何かが着地したような音で、その発生源を確かめようとぼくが振り返るとそこにはいかにもヒーロー然とした人型のなにかがいた。 
 
ぼくの、言うことを聞かない体は、それとしばらく向き合っていた。するとしびれを切らしたかのようにヒーロー然としたそれはぼくのことを退治しようと問答無用でパンチやキックやチョップといった格闘技、おでこから出るレーザー光線や腰の球体から作り出す重力球といったかっこいい技、その他多彩な攻撃をしかけてきた。ぼくはぼくでおぞましい雄たけびを上げながら必死の抵抗をするのだけれど、やっぱり怪獣はヒーローには敵わない。そういう風に出来ているのだ。この世の中は。額、胸、腰にあるそれぞれの球体から出た光が1ヵ所に集まり、それがぼくを貫いたところでぼくの意識は途絶えた。多分あれはウルトラマンで言うスペシウム光線みたいなものだったんだろう。 
 
 
朝、だった思う。意識を取り戻すと興奮して鼻をフンフガ鳴らしているたけしくんの顔がぼくの目の前にあった。たけしくんはあんまり感情を表に出さない子供で、それは学校の友達はもちろん、家族にさえ、果てはこのぼくにだってそうだ。だから、あんなに興奮しているたけしくんを見るのは初めてなのと、目覚めていきなり顔のどアップが視界を支配していたから少しびっくりした。 
 
 
そして、そのびっくりが通り過ぎて行った後に、ぼくは一つの真実を悟った。 
 
 
 
昨日、ぼくを倒したヒーローはたけしくんだったのだと。
 
ⅳ.
と、ここまでがぼくとたけしくんに起こったことの経緯だ。 
 
当時のぼくは「どうせ一回きりのことだろう」と甘い見通しを立てていたんだけれど、それからも「頭の中の声」は一週間に一度くらいのペースで響いてきて、ぼくはそれに逆らうことが出来ずに怪獣になり、街を壊し、人々の生活を壊し、たけしくんにやられ続けてきた。 
 
テレビを見ていて気づいたが、ぼくは毎回違う姿の怪獣になってみんなの平和を脅かしているらしい。なのでたけしくんには怪獣の正体がぼくだということはバレていない。ぼくとしてはバレて処分されたいと思っている。もう怪獣になんてなりたくない。心を痛めながら街を壊したくない。街に住む人たちの悲鳴で耳を傷めたくないのだ。でも、そんなことをすればたけしくんは悲しむだろう。ぼくがいなくなってしまうし、ヒーローになる必要も無くなる。 
 
今ではもう怪獣になっても自分の意志で体を動かせるようにはなった。
怪獣になったぼくは自分の意思で街を壊している。一度怪獣になってしまったらたけしくんに倒されないと元には戻れないし、なによりも怪獣を倒した翌日のたけしくんが本当に喜んでいるから。やっぱりぼくはたけしくんの喜んでいる顔が見たいのだ。 
 
 
初めて怪獣になった時から今まで、ぼくは怪獣になるたびに泣きながら街を壊している。あの頃と今ではずいぶんと心境が変わってしまったけれど、泣きながら街を壊していることには変わりはない。そんな時、ぼくは自分に言い聞かせるのだ。「怪獣ぽち、お前はマイペンライの国で生まれたんだ。忘れるな、世の中マイペンライだぜ。心配ないさ」と。
 
 
そうでもしないと頭がおかしくなりそうなのだ。 
 
 
あぁ、今日も頭の中で声が言っている。街へ出て、街を壊せと。たけしくんの望みを叶えてやれと。やってやろう。 
 
 
ぼくは怪獣、怪獣ぽち。怪獣ぽちは泣きながら街を壊すのだ。