WEBデブリ

WEB上のデブリです。

イッツ・ア・スモールワールド、アンドジ・オーシャン・イズ・ソーワイド

小さい頃から歌が好きで、「せーかいはせーまい」とか「うーみはひろいなおーきいなー」とか歌っていたけど当然実感なんて伴ってないから歌詞の意味なんて考えてもいないし「へー、そうなんだ」くらいにしか思っていなかった。
なにも考えずにわいわい歌ってれば楽しいのだ。小さな子供の頃なんて。


そんななにも考えずにわいわい楽しく歌ってた歌にマジの実感が伴ってくるなんて思いもよらなかった。37歳にして今から書いてく2つの出来事が起きるまでは。


そう。世界は狭くて海は広くて大きいのだ。


ある夜、気仙沼のバーのテラス席でタバコを吸いながら酒を飲んでいたら「え!ケンシロウさんじゃない?!なんで?!」といきなり声をかけられた。
聞き覚えのある声だなー。つーかなんでってなんだよ。人がそこにいるのになんでもクソもないだろって思いながら振り返って僕の口をついて出た言葉は「え!まっちゃんじゃん!なんで?!」だった。


人は思いもよらなすぎる再会をすると「なんで?!」という言葉が自然と口をついて出るらしい。


彼とは4年振りくらいの再会だった。僕がわけのわからんくらいの離島、後醍醐天皇が島流しにあったような離島で初めて乗った漁船の先輩でめちゃくちゃお世話になった人だ。彼も僕もその船はもう降りているし、彼は中部の出身で、僕は東北の出身だ。お互いにもう会うこともないだろうと思ってたんだと思う。


彼のバイトが終わると、時間が許すまで現況を語り合った。


彼はトリトンプロジェクトというものの一員として牡蠣の養殖漁師に弟子入りして将来的には独り立ちしようしているらしい。


その話を聞くと「え、マジかよ」と思わずにはいられなかった。


プロジェクトの名前すら定まっていないような段階で、『誰か漁師になってみたい人いない?』という話が僕のところに来た。それに乗っかったのが僕だった。
いうなれば今の彼のプロトタイプの試作品みたいなもんだ。


いやいや、とんだ偶然もあるもんだね。おやすみ、また会おうねとか言いながら電話番号とFacebookの連絡先を交換していると、見覚えのある船の写真とともに「in Kesennuma」というログイン情報が僕のタイムラインに表示されている。前の船で一緒に乗っていたインドネシア人のヘンドラの投稿だ。


めちゃくちゃ気になるが、とにかく今やっていることをきちっと終わらせなくてはいけない。マルチタスクは苦手なのだ。


船に戻り、ヘンドラの投稿を遡って確認する。


日本で働く許可を得た


静岡の船に乗る


気仙沼に来た


この船に乗る


って感じで2、3か月の情報が流れてくる。


これにも、「え、マジかよ」と思わずにはいられなかった。


というのも、僕も今静岡の船に乗っている。わけのわからんくらい僻地、江戸幕府が「ここならあまり人目につかないだろ」っつってプチャーチンを帰すための船を作らせたエピソードがある僻地の船に乗っている。
そしてここには、僕が乗っている船ともう一つの船がある。ヘンドラはそのもう一つの船に乗るらしい。
Facebookでメッセージを送り、確認を取るついでに静岡にお互い帰ったら居酒屋に行く約束を取り付けた。当然、僕のおごりで。ヘンドラはめちゃくちゃケチなのだ。

 


「せーかいはせーまい」と頭の中で流れる。そうだ。出身地が多少違おうが、それこそ国すら違おうが出会う時は出会うのだ。「うーみはひろいなおーきいなー」と流れる。そうだ。海はどこまでもつながっている。そこで働くということはつながるべきときにはつながるのだ。

 


そうだ。世界は狭いし海は広くて大きい。
どこで誰とつながるかなんて、自分でもわからない。 だから両腕広げて、なんでもウェルカムって感じでいればいいのだ。

あの日したらしいメンタルセックスの意味を僕だけがまだ知らない

メンタルセックスという言葉を聞いたことがあるか。僕はしたことがあるらしい。当時僕は34歳で、海技免状を取るために広島に講習に来ていて、ひなきは21歳の美大生的なもので、チャイナドレスガールズバーでバイトをしていた。

その頃、広島では「睡蓮展」をやっていた。

 

「見に行きたいけど一緒に見に行ってくれる人いないんですよね〜」

 

「行きたきゃ一人でも行けばいいじゃないですか。僕は明日一人だけど行きますよ?」

 

「え、便乗してもいいですか?」

 

「いいですよ」

 

「でもこのお店連絡先の交換駄目なんですよね」

 

「ん?別に美術館の開店時間の10分前くらいに合わせて並んでればお互い顔合わせるでしょ」

 

「確かにそうだけどさ〜」

 

この出来事から彼女とチャイナドレスガールズバーで顔を合わせたら「何月何日〇〇美術館行こうよ」と言われることになった。やれやれ、僕は美術観賞のために来たんじゃなくて、海技免状の講習のために広島に来たんだけどな、と思いながらも講習をサボることに抵抗はなかった。その内容は簡単すぎたし、もしかしたら僕も彼女と美術館巡りをすることに楽しみを感じていたからかもしれない。

 

そうこうしてるうち、チンチン電車圏内の美術館は巡り尽くした。博物館も。

 

やっと僕の本来の目的に戻れる、と思ったが、これは僕の認識が甘すぎた。

 

こともあろうが彼女は漫画にハマってしまった。広島市まんが図書館に行ったことで漫画にハマってしまったのだ。009の加速装置の演出にやられたらしい。そして僕は漫画が好きだった。

 

それからは「〇〇の居酒屋に18時に集合ね」ということになった。チャイナドレスガールズバーの開店2時間前だ。

 

僕に決定権はなかったし、それまでほぼ漫画を読んだことのなかった彼女の疑問や感想が楽しかったのもあり、彼女と語りあった。

 

2時間じゃ足りなかった。

 

チャイナドレスガールズバーに行っても語った。語り尽くした。周りも巻き込んで。

 

朝まで語り尽くしたある日のことだった。

 

「今から卒業制作手伝ってくれない?」

 

「は?木像かなんか造ってるって言ってたやつですか?」

 

「そうだよ」

 

「いいですけど、なんか手伝えることあるんですか?」

 

「良いから着いてきて」

 

大学まで行き、製作所?みたいなところに忍び込んだ。

 

ノミ?とハンマーを持たされ、打たされる。

 

「違う、こうするんだって」

 

後ろから手取り足取り的な感じで打たされる。映画のゴーストみたいだなって思う。でも、彼女は実際にいる人間で性別は女で、多分そんなに大きくないというか小さいおっぱいが背中に当たるやわらかい感触がある。

 

「下手だね。こことかささくれみたいになってるじゃん」

 

「初めてやるからね」

 

「でもさ」

 

「ん?」

 

「メンタルセックスしたね」

 

「は?なにそれ?」

 

「なんでもいいじゃん」

 

ひなきとメンタルセックスをしたことになっていた日から僕も資格の講習の最終段階に入っており、彼女の卒業も間際だった。つまり、年度の変わり目で、お互い忙しかったということだ。

久しぶりに彼女とチャイナドレスガールズバーで顔を合わせたがメンタルセックスについては深く聞けなかった。聞いてはいけないような気がした。他の人がいる前で聞いてしまうと彼女のなにかに水を指すような気がして。

 

その日以来彼女とは会っていない。会うこともないだろう。僕も彼女も広島を離れてしまった。

 

酔っぱらってメンタルセックスの話をたまに居酒屋でするけれど、みんな「メンタルセックス」という単語の面白さばかりに目がいってギャグだとしてしか捉えてくれない。

 

みんな、そんな言葉すら初めて聞いたようだし、ましてやそんな行為があるなんてと思うみたいだ。

 

僕は、未だにメンタルセックスとはなんなのかわかっていない。

 

もう一度ひなきに会ったとしても答えが分かる気はしない。

これは僕の「告白」です。

会話をしていて言葉に詰まることはないか。僕はある。今現在のこの感情や状況、つまり言葉で表したいものに100%ぴったりで寸分の狂いもなく1ミクロン単位でシンデレラジャストフィットで当てはまる言葉があるんじゃないかと頭の片隅をよぎってしまってそれを探すうちに言葉に詰まってしまうのだ。


でも、多分そんな言葉は存在しない。あったとしても、会話の流れのその瞬間瞬間の状況に適した言葉を選び続けるということはまず間違いなく不可能だし、その言葉が相手にも100%ぴったりで寸分の狂いもなく1ミクロン単位でシンデレラジャストフィットする保証なんてどこにもない。僕がそう思っているだけかもしれないし、相手からすれば全くもって見当違いな気持ち悪い言葉かもしれない。


それでも僕は探してしまう。100%ぴったりで寸分の狂いもなく1ミクロン単位でシンデレラジャストフィットする言葉なんてあり得ないとわかっているのに、そのあり得ないものを探すことだけはやめたくない。やめられない。コンソメパンチのCMのガキやかっぱえびせんのキャッチコピーみたいになってるけど、それこそそんな言葉を探しているのだ。

 


多分これはただの自己満足に過ぎないんだろう。自己満足のために言葉を探して会話に詰まる。こんなやつでは、こんなことでは「あかんのではないか?」とたまに悶々としている僕に「あかんではないか。」と諭し、「あかんかった。」と締めてくれる小説がある。

 

 


この小説の主人公である熊太郎が置かれたどこかの場面には絶対的に自分がいる。どの場面なのかは十人十色、いや、年月が経って読めば違う場面で自分を当てはめてしまうかもしれないから十人百色の読み方がある。

 


確かに主人公の熊太郎は特殊な人だ。半グレにもなれないクズみたいなもんだし、最終的には十人殺して、その事件は盆踊りのスタンダードナンバーの題材になるくらいに特殊な人だ。


でも、そんな熊太郎の一生を描いた小説のどこかに「あれ?自分にもこんなことあったなぁ?こんな気持ちになったなぁ?」って引っかかる場所が絶対的にある。熊太郎みたいな人間と同じ人生なんて誰も歩んだことないだろう。いや、そもそも、誰かと同じ人生なんて誰にも歩めないはずなんだ。それなのに熊太郎と自分を重ねてしまう。多分、誰しもどこかでは。

 

 

 


僕は別にこの小説に救われたわけでもないしこの小説に救いもない。

 


でも、少し気が楽になった。この小説を読んでからは。僕みたいな人間はどんな時代でもいたんだなって。


これが「僕」の「告白」であり、小説の名は「町田康」の「告白」です。

 


こんな締め方をするところがあかんではないか。

 

 

#読んだ

#小説

僕にとってのプロレスの始まりは三沢光晴社長で、終わりも三沢光晴社長だった。

僕にとってのプロレスの始まりは三沢光晴社長で、終わりも三沢光晴社長だった。

学生の頃だった。あらびき団を観たあと、テレビをつけたまま漫画を読んでいるとプロレスがやっていた。

僕は格闘技があまり好きではない。
すぐにチャンネルを変えようとした。が、なにか僕を引きつける人がいた。黄緑色のおっさんだ。

黄緑色のスパッツを履いたいい歳のおっさんが、髪を振り乱し、汗をまき散らしながら闘っている姿にはなにか胸を打つものがあった。
いつの間にか、読んでいた漫画を放り出し、手に汗握りながら試合の行方を眺めていた。

「決まった〜エメラルドなんとか〜!!」

と実況が叫び、黄緑色のおっさんの勝利が確定した。

それとともに僕の中で黄緑色のおっさんはエメラルドの闘士へと変化したのだ。

これが僕のプロレスの始まりだった。

だから2代目タイガーマスクでもない。全日本プロレスの三沢光晴でもない。プロレスリング・ノアの社長、そしてプロレスラーとしての三沢光晴社長なんだ。

翌日学校へ行き、プロレスに詳しい奴に話を聞くとエメラルドの闘士の名前は「三沢光晴」、エメラルドなんとか〜は「エメラルドフロウジョン」という彼のオリジナルかつ必殺技。

そして、僕が昨日見たプロレス番組は「プロレスリング・ノア」で、三沢光晴が立ち上げたプロレス団体なんだそうだ。

そいつは他にもプロレスについてべらべら喋っていたが、僕にとってはエメラルドの闘士に「三沢光晴」という名前が付き、「プロレスリング・ノア」を観ていれば三沢光晴の試合が観れるという情報だけで充分だった。

それからはノアの試合を観て、三沢光晴について調べまくった。名試合も、名台詞も、エメラルドフロウジョンが生まれた試合も。

プロレスには対戦相手がいる。

三沢光晴について知るということはプロレスについて知るということと同義なんだろう。
僕はどんどんプロレスについて詳しくなった。
そして三沢は、僕の中でどんどんヒーローになっていった。

ここまでの話は、僕の中の「プロレスの始まりから終わる直前」の話だ。

これから、僕の中でのプロレスの終わりの話とその後日談をしていこう。

2009年6月14日の朝8時15分頃、プロレスは終わった。僕の中で。

学校に行く前に立ち寄ったコンビニの入口に置いてあるスポーツ新聞の一面に「三沢死す」の文字とエメラルドの僕のヒーローの写真が掲載されている。

「なんかの冗談だろ?」

と思いながら新聞を手に取り、雑誌コーナーに移動し、立ち読みする。

泣き崩れた。
コンビニで立ち読みして泣き崩れた。なんなら今、これ書きながらも少し涙ぐんでいる。

リング禍?あの受け身の天才が?バックドロップで?

コンビニで泣きながらいろんな考えが頭の中でぐるぐる回る。

いつの間にか家に帰っていた。手に新聞は持っていたので買ってはいたんだろう。学校に行ってる場合ではなかった。

誤報の可能性もある。

テレビを付ける。ワイドショーでは三沢光晴の死を伝えている。2ちゃんを開く。【訃報】三沢光晴死去のスレが立っている。

三沢の死去は事実らしい。また泣いた。今度はさめざめと泣いた。

そして僕はプロレスを観なくなった。当時は、僕にとってのプロレスは三沢光晴であり三沢光晴こそがプロレスだったんだろうとか思ってたけど、今思うと、プロレスを観るということは選手が好きになるということだ。自分の中にヒーローができるということだ。

それをある日突然失ってしまうのが怖くなってしまったんだろう。

三沢のせいにするわけではない。もちろん相手選手のせいでもない。

でもとにかく、僕は三沢光晴の死をきっかけにプロレスを観なくなってしまったのだ。

これが僕にとってのプロレスの始まりが三沢光晴社長で、終わりも三沢光晴社長の理由である。

ここからは後日談。

プロレスを観なくなったと言っても残るものはある。
三沢光晴についてと三沢光晴までのプロレス知識だ。

三沢の死去から10年程経った頃だろうか?にわかにプロレスブームが再燃した。

僕が通っていた飲み屋でもプロレスファンが増えていた。みんながプロレスについて語っている。知識だけは残っている僕にはプロレスネタにプロレスネタで返すことくらいはできる。でもそれがいけなかったんだろう。

「こいつプロレス詳しいのでは?語れるのでは?」と思われたらしい。

そう、プロレスブーム再燃と言っても、深く語れる人は少ないのだ。人は、深く語れる相手を求めるらしい。

こんな会話があった。

「ケンシロウはプロレス見ないの?」

「僕にとってのプロレスの始まりが三沢光晴社長で、終わりも三沢光晴社長だったんだよね」

「あー、あの人ね。でも今のプロレス面白いよ?」

「プロレスの面白さは否定してないよ」

「じゃあ見ればいいじゃん!面白いから!今度語ろうよ!」

そうじゃないんだ。

こんなこともあった。

「ケンシロウ、今日の飲み代なしで良いからさ、お客さん帰ったあと2人で飲むべ」

「え、まじで?ありがと!」

「そのかわりちょっと聞いてほしい話あるからさ、付き合ってくんね?」

「いいよ〜」

プロレスの話だった。

「お前、ほんとはめちゃくちゃ詳しいだろ」

「だからさ、僕にとってのプロレスの始まりが三沢光晴社長で、終わりも三沢光晴社長だったんだって」

「その言い方がなんか匂わしてんだよね」

と言ったあとは、彼のプロレス知識のお披露目だった。

プロレスブームに乗じてプロレスを語りたい人たちは最終的にみんなこう言った。

「今のプロレス面白いよ!」

それを聞くたび、「あぁ、この人たちには「僕のプロレスは三沢光晴で終わった」の匂わせすらも伝わらないんだな」って悲しくなった。

苦痛だった。

僕の気持ちも、三沢の死も置き去りにされたようで。

でも、その半年後くらいかな?最高のプロレスファンに出会った。

場所は広島だった。海技免状を取るために3か月ほど住んだ広島にあるチャイナドレスガールズバーだった。

その人はその店でプロレスについて語り尽くすことで有名で、迷惑がられていた。2カ月に一回くらい来るからケンシロウも出会うかもね。うるさいけど気分害さないでね。はーい。みたいな会話をしているうちにその人は来た。

案の定プロレスについて語り出す。

最近の推し団体、推し選手、今日も三沢が死んだ会場で試合を観てきたこと。

ん?え、三沢?あ、そっか、死んだの広島か、え、そここっから近いの?

と思うより前に

「三沢死んだ会場ってここから近いんすか?」

と口走っていた。

チャイナドレスを着たガールズバーの店員は「あちゃー、こいつ乗っかってくんなよ」という顔をしていた。

おっさんはいきなり会話に入り込んだ僕に戸惑いながらも「近いよ、原爆ドームの向かい。三沢っていうかプロレス好きなの?」と話しかけてきた。

「僕にとってのプロレスの始まりが三沢光晴社長で、終わりも三沢光晴社長だったんです」

この一言が始めて通じた。

「いや、三沢はそんなこと望んでないと思うよ。生きてたらさ、プロレス観てほしいって言ってるよ」

僕は少し涙ぐみながら「いや、でも気持ちの整理がついてないって言うか、また僕のヒーローをリング禍で失うのが怖い気がする」と言った。

「うん。それはわかる。でもさ、それは三沢が一番悲しむことだと思うんだよ。三沢はプロレスを愛しててさ、プロレスファン増やしたいやつだったんだから。自分がいなくなったことでプロレスファンが一人減ってしまうってことは悲しいことだよね。そして俺も悲しいかな。こんなに三沢について熱く語れるやつがプロレスファン辞めてるなんて。まぁさ、絶対に強制はしないけどお前とはちょっと三沢以外のプロレスも語ってみたいからさ、三沢が死んだ会場も病院も結構近いからとりあえずそこ巡礼してみてさ、気持ちの整理がついて暇だったらドラゴンゲートって団体見てみてよ。リング禍ないようにないようにしてる団体だからさ。感想聞かせて。俺は明日もいるからさ」

その翌日、海技免状の講習はサボって三沢ゆかりの地を巡礼した。三沢を思って少し涙ぐんだだけだった。
夜にガールズバーに行くと、そのおっさんは来なかった。朝まで飲んでいたが、姿を現すことはなかった。女の子たちは「今日、ケンシロウとプロレスの三沢?の話するって言ってたよね?」とか言っていた。

僕は未だにプロレスの話をできないでいる。ドラゴンゲートも見ないままでいる。

気持ちの整理がつかないままでいる。

やっぱり僕にとってのプロレスは、今でも三沢光晴社長で始まり、三沢光晴社長で終わったままなのだ。

青椒肉絲を食って、自分のルーツを言い当てるやつがいたら怖くない?

青椒肉絲を食い続けて気づいたことがある。

 

 

 

  

プロが作った青椒肉絲もある。中華圏の人が作ってくれた青椒肉絲もある。これらの写真を見てわかるように、入ってる具材が料理する人によってまちまちすぎる。青椒肉絲は。ラスト2枚は盛岡の「らんらん」。通いすぎて、Googleマップの写真が自分ので埋まるくらい好きな店だ。

 

そして、ここから一つ見えてきたことがある。

 

「青椒肉絲の具材によって地域を特定できるのではないか?」

 

この場合の地域って、中華圏の人なら育った地域、プロの料理人なら修行した店のことだ。

 

簡単に言うとこういうことだ。

 

「青椒肉絲一つでその料理人のルーツまで辿れるんじゃないか?」

 

誰か本当に研究してくれないかな。 卒研テーマには結構面白いと思う。確実に体重100kgオーバーはするだろうけど。

 

そしてこの発想は餃子でも春巻でも、回鍋肉でも麻婆豆腐でも酢豚でも出てこなかった。

 

餃子、春巻→見た目で分かりにくい

酢豚、麻婆豆腐、回鍋肉→解釈がありすぎる

青椒肉絲→具材も切り方も指定してあるのに出てくるものに色んなものがある

 

この発想に至ったのは、店の青椒肉絲だけじゃない。中国人が作るものも、台湾人が作るものも、日本人が作るものも食べてきたからだと思う。プロのものも家庭料理の青椒肉絲を食べてだと思う。

 

まぁ、青椒肉絲食って

 

「あなた、○○で修行しましたね?」

「あなた、中国の◯◯出身ですね?」

 

って言っちゃいけないと思います。

 

そんなやつは

もう料理研究家でもない。

もう食に関する探偵でもない。

もう客ですらない。

ただの恐怖になり得るから。

僕が読んだ舞城王太郎は、同じ山を違うルートで導く。

舞城王太郎の『代替』っていう短編小説を読んだ。

逆だ。

って思った。

僕が大好きな『好き好き大好き超愛してる。』とは、登山ルートが真逆なだけで、行き着く場所は同じなんだと。つまりアプローチが逆なんだ。

読んでる人にも「は?」だろうし、読んでもいない人にはますます「は?」なんだろう。

『代替』の書き出しは、

ろくでもない人間がいる。お前である。くだらないことに執着して他人に迷惑をかける人間がいる。これもお前である。何を触っても誰と関わっても、腐敗と不幸をもたらす人間がいる。まさしくお前である。

と、徹底的に「お前」を否定する。

対する『好き好き大好き超愛してる。』の書き出しは、

愛は祈りだ。僕は祈る。

から始まり、

僕は世界中の全ての人たちが好きだ。

と、世界そのものを祝福する。

簡単に言えば、一方は世界を呪うような書き出しで、一方は世界を祝福するような書き出しだ。

だから最初は「逆だな」としか思わなかった。

でも、『代替』を読み進めると、こんな文章が出てくる。

生命は尊い。……善とは、自分が大事であると認識することだけだ。他人になす何かではない。自分を許し、励まし、正すことなのだ。他人への振る舞いはその後にすぐついてくる。

それまでは、「お前」は生まれた瞬間からクソだ、と言わんばかりの文章が延々と続く。

だから、この一節を読んだ瞬間に気づいた。

あ、逆だったんだなって。

手段が。

行き着く山頂は同じだった。

違ったのは、そこへ登るルートだけだった。

ブログ記事だったら何点?

再開もショックも現在進行系でやってくる。

めちゃくちゃショックな話をしたい。

今この時のナウでnowで2026/06/14 4:08で、現在進行系、doingだった話だ。

その時はそれくらいタイムリーな出来事だった。

 

少し怖くなるくらいに。そして大きな運命を感じるくらいには。

 

気仙沼でたまたま入ったバーで

 

僕は15年くらい前に気仙沼に一年くらい住んでて、その時に通ってたスナックの顔だけはめちゃくちゃ好きだったママさんがいたんですよ。

まぁ、そのお店は閉めたらしいし、最近静岡で知り合った気仙沼の人から聞いた話によるとアル中だかなんだかになって別人みたいになってしまったらしいんですけどね…

 

って話しをしてたらちょうど来た。その店に。そのママさんが。

 

男2人、女3人の中の一人で。

 

声でわかった。見た目も、かなり太ってはいたけどママさんだとは分かる。

 

そして、そのママさんと少し話をした。店員さんが僕のことを話したらしい。ボックス席に座っていたママさんが僕の隣に来た。

 

ごめんね…

 

から始まった話を要約するとこうだ。

 

精神病を患い、店を閉めた後に、ストレスからアル中になって、その時の店の記憶がうっすらくらいにしかなくなってるんだ。だからあなたのこともあまり覚えてない。〇〇ちゃんと仲良かった気がするけどね。

 

「そう、その娘と仲良かった人です。とりあえずめちゃくちゃ久しぶりに会えて僕は嬉しかったです。ありがとうございます」

 

と言ってなぜか手を合わせて拝んでた。

 

「ガハハ、なんじゃそりゃ!まだ死んでないっつーの!こっちこそありがとうね!」

 

と言ってボックス席に戻っていたママさんは

 

バーで、普通のバーでよ?普通におっぱい揉まれてた。揉みしだかれていた。

 

ショック過ぎる。

 

そして、ちょうど今読んでいる山田風太郎の幻燈辻馬車という小説にこんな一文があることを思い出した。

 

「人の世に情けはあるが、運命に容赦はない。」