ユーミンの天才性
ユーミンこと松任谷由実が天才なのは自明の理ですが、 それを超えるのはやはり過去の松任谷由実、つまり荒井由実なのだと思うのですね。
荒井由実時代のユーミンの詩、 曲はもう全部ヤバいんですけどその中でも臨界点を突破してるのは「『 いちご白書』をもう一度」ですね。
曲
https://youtu.be/TjnG3Dibdh4?si=EdtAikBou1HOvUEB
歌詞
https://www.uta-net.com/song/656/
まず出だしからやばい。
「いつか君と行った映画がまた来る」
ん?
「いつか君と行った『映画』が『また』『来る』」?????????
どゆこと?
「映画に行った」
「映画に来た」
ならまだなんとなくわかりますよ。
でも、「映画が来る」はわからない。納得行かない。
納得行かないままでいいんです。 そのまま聞いていきましょう。聞き進んでいきましょう。
歌とはそういうものです。時間の流れってのはそういうものです。
そうするとサビの前のやつに行き着くんですね。
「 雨に破れかけた街角のポスターに過ぎ去った昔が鮮やかによみがえ る」
すごくないですか?
この瞬間、はっきりと「君」が「かなり過去の誰か」だと判明するんですよ。
それまではおぼろげな表現、匂わせ気な表現しかしてないのに
「雨に破れかけた街角のポスターに過ぎ去った昔が鮮やかによみがえる」
これで二人が見た映画の再上映だってことをはっきりとさせてるんですよ。しかも、そこそこ昔だってことを。そこんとこをこの一行で認識させるって天才の所業としか言いようがない。
さらに、かぶせてくるようにサビが
「君も見るだろうかいちご白書を」
ってくるんです。
歌詞を見ながらこの歌聞いてくれればわかるんですけど、「見るだろうか」、これが、これこそが、一言一句これしかないんですよ。
「君も見るだろうかいちご白書を」
の
「見るだろうか」
が
「見ただろうか」
とか
「見るんだろうか」
になっちゃうと「時制」、つまりこの歌でユーミンが語りたいであろうことの「軸」、もっと言うと「若かりし私が惹かれていたあなたへ今送る歌」としての機能を果たさないと思うんですね。
もう、言葉が洗練されすぎててやばいですよね。
もっかい歌詞のURL貼っときますけど
https://www.uta-net.com/song/656/
これで「一番」です。
この曲って、ビリー・バンバンにユーミンが提供したものなんですけど、ここからさらにユーミンの怖いほどの作詞能力が発揮されます。