WEBデブリ

WEB上のデブリです。

勝手にふるえてろ/綿矢りさ

読んだ本の好きだった部分です。
 

 

この小説の冒頭部分は一度読んでからもう一度読むと真価を発揮すると思いました。
 
 
p7
・とどきますか、とどきません。光りかがやく手に入らないものばかり見つめているせいで、すでに手に入れたものたちは足元に転がるたくさんの屍になってライトさえ当たらず、私に踏まれてかかとの形にへこんでいるのです。届きそうにない遠くのお星さまに向かって手を伸ばす、このよくばりな人間の性が人類を進化させてきたのなら、やはり人である異常、生きている間はつねに欲しがるべきなのかもしれない。
 
p9
・足りますか、足りません。でもいいんじゃないですか、とりあえず足元を見てください、あなたは満足しないかもしれないけれど、けっこう良いものが転がっていますよ。色あせてなんかいません、まだ十分使えます。ほかの誰かにとっては十分うらやましいんじゃないですか、そのふちが欠けたマグカップ。水玉柄がかわいい。求めすぎるな、他人にも自分にも。
 
・告白してふられたとか彼に彼女ができたとか彼に幻滅したわけでもない、ただ、恋が死んだ。ライフワーク化していた永遠に続きそうな片思いに賞味期限が来た。
 
p16
・お店に入ってもどの服を買うかすぐに決められなくて、熟考しているうちにお目当てが売り切れてしまうタイプの私だけれど、中学二年生の教室ではたくさんのクラスメイトがいるなかで、イチを見つけたとたん、すらりと好きになり、心のなかで即決で彼を買った。服を買うときは自分に似合うか、買える値段か、来ていく場所があるかなどを考えなくてはいけないけれど、だれかを好きになるかは自由、お金も試着もお取り寄せもいらない。ただし見返りを求めないかぎり。
 
p41
・「あせってる女の人っていやだよね。何歳になったとしても愛は愛のままであってほしいよね」
 
p42
・私も彼と同じタイプだから彼の行動は意外でもなんでもない。ニも私と同じで思い込みが激しく、こいつと決めたらしつこく追いかけ回すタイプだ。勝手に運命の人と決めつける、ストーカー一歩手前の自己陶酔が激しいタイプ。
 
p69
・だって好きな人には正直でいたいという気持ちも、ただの欲望の一つだもの。
 
・私はつめたい大理石のうえに寝そべり、石の表面に自分の体温がほんのりと移っていくようにニのことを好きになるかもしれない。
 
p76
・同僚の来留美は、サニーレタスとかやわらかい仔牛肉とか星のかけらしか食べてこなかったみたいな、色白で細くしなやかな身体つきで、まつげにふちどられた大きな瞳でゆっくりまばたきをする。
 
p81
・美人は顔や身体というパーツだけでなく、また笑顔やしぐさだけでもなく本人が無意識になる眠りという部分でも美を保っている。
 
p103
・「じゃあ絶滅したドードー鳥について話そうかな」~マニアックな話なのに、なにげなく応答しているイチが奇跡みたいに見える。この会話とニとの会話の対比
 
p104
・きっと私たちは気が合う。付き合ったら話すこともきっとたくさんある。でもなんだろう、このむなしさは。通じ合ってはいても、イチが私のことを
好きでもなんでもないってことが伝わってくるだからだろうか。気が合えば合うほど、二人の間の永遠に縮まらない距離が浮きぼりになる。気が合う、だからなに?ふつうよりちょっとだけ距離の近い平行線、なんの火花も散らなければ、なんの化学反応も起こらない。
 
p113、114
好・きなタイプとか嫌いなタイプって多分けっこうあいまいなんだろうな。似たような人でもどこかがほんのちょっと違うだけで、心にひっかかる部位が違う。
 
p115、116
・初めて付き合うのは好きな人って決めてた。自分に嘘をつきたくないし、逆に好きじゃなきゃ付き合えないし、いつか来留美が言っていたみたいに私もまた自分自身を、いまどき珍しいくらい純情で、純愛を貫いていると思っていた。初恋の人をいまだに想っている自分が好きだった。でもいまニを前にして、その考えが純情どころかうす汚い気さえする。どうして好きになった人としか付き合わない。どうして自分を好きになってくれた人には目もくれない。自分の純情だけ大切にして、他人の純情には無関心だなんて。ただ勝手なだけだ。付き合ってみて、それでも好きになれないならしょうがない、でも相手の純情に応えて試してみても、いいじゃないか。自分の直感だけを信じず、相手の直感を信じるのも大切かもしれない。
 
p128
・ほんと、痛くなかったら手首切ってる。いやな考え方だけれど、死ぬのが痛かったり苦しかったりしてよかった、もし痛みの恐怖がなければ私は相当くだらないこんな理由でも命を断っていただろう。
 
p162
・「でもお母さんはなんとなく結婚しよう、なんとなく一緒にいようと思える相手を見つけられて幸せだけどねえ」
 
p163
・愛だけで子供が生まれないのはなぜだろう、愛がないセックスだけでも子供は生まれるのに、どれだけ愛していてもセックスしないと子供は生まれない。
 
p169
・「ヨシカがどんな人間でも受け入れると思ったから告白した」
「どんな人間でもいいっていうのは心が広いんじゃなくて、どうでもいいと思ってるのと同じ。私のことよく知りもしないうちから自分の自慢ばかりしてばかみたい」
 
p172
・「でもいくら好きだからって、そのまま受け入れるなんて無理だ。相手に全部受け入れてほしいなんて、乱暴だ。うまくやっていくには、ふたりとも相手に合わせて少しずつ・・・・・・変わっていかないと」ニがため息をつく。
「でも多分、好きになってしまった時点で、口ではどんな風に言っても、もう99パーセントくらいは受け入れてしまってるんだろうな、多分」
 
p173
・自分の愛ではなく他人の愛を信じるのは、自分への裏切りではなく、挑戦だ。