「蹴りたい背中」の書き出しは傑作っていう話をしたあとに
蹴りたい背中、久しぶりに読んだけど書き出しが傑作すぎるよねやっぱり。
文学っていうか、言葉で表現することの醍醐味が詰まってる。
さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。細長く、細長く。紙を裂く耳障りな音は、孤独の音を消してくれる。気怠げに見せてくれたりもするしね。葉緑体? オオカナダモ? ハッ。っていうこのスタンス。あなたたちは微生物を見てはしゃいでいるみたいですけど(苦笑)、私はちょっと遠慮しておく、だってもう高校生だし。ま、あなたたちを横目で見ながらプリントでも千切ってますよ、気怠く。っていうこのスタンス。
黒い実験用机の上にある紙屑の山に、また一つ、そうめんのように細長く千切った紙屑を載せた。うずたかく積もった紙屑の山、私の孤独な時間が凝縮された山。
引用部分だけで8時間くらい語れるくらい傑作。まぁここで語りだすと20,000文字くらいになっちゃうから簡単に好きなとこを説明します。
まず、リズムね。
さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。細長く、細長く。紙を裂く耳障りな音は、孤独の音を消してくれる。
文章のリズム良すぎ。
どこが?って人は朗読してみてください。
なんかよくわかんねーここちよさがあるから。
でも、それだけじゃなくて
さびしさ、鈴、紙、と来てからの孤独の音。
こいつらって全部「思春期特有の孤独感」を「音」に重ねた比喩表現だと思うんですよ。
比喩で韻踏んでるじゃないですか?気持ち良すぎますよこんなん。
グッドリズム!!
グーーーッドウィドゥム!!
気持ち良すぎて思わず海南の高頭先生になっちゃったけど
それくらいすごいですよね。
で、そっからの
黒い実験用机の上にある紙屑の山に、また一つ、そうめんのように細長く千切った紙屑を載せた。うずたかく積もった紙屑の山、私の孤独な時間が凝縮された山。
これですからね。すごいとしか言いようがない。
クラスメートとの会話を挟まずっていうか「プリントちぎってる」ことだけを書いて自分が浮いてることを表現してる。
神。
え、なんで「浮いてる」ってわかるって?
こんなことしてるやつって「変」じゃないですか?
話したことなくても、たとえ嫌いなやつだったとしても、プリント千切って山にしてるやついたらっつーかプリントちぎり始めた時点で俺だったら「なにしてんのおまえ?」って聞きますよ。
それすらされない「浮いてさ」がそうめん紙屑の山。
すごいですよね。
やってることは
「実験室でプリントちぎってた」
だけですよ?
これが全部
孤独さ、さびしさ、浮いてさ
に繋がってくんのすごくない?
しかも目に見えないそれらを「聴覚」と「視覚」で表してるんだぜ?
そりゃ「やべーやつ出てきた!」ってなりますよ。
で、ここまではテクニック的な好きなところの説明です。
簡単につったのに長くなっちゃったな。
こっからは俺が小説、というか純文学読む理由の話になっちゃうんだけど
「いた」
じゃないですか?
「あった」
じゃないですか?
こんなやつ
クラスにこんなやつ「いた」し、こんな時期「あった」じゃないですか?
「純文学の醍醐味」って
「あの日の俺」なんですよ。言葉で表せなかった「あるある〜」を代わりにめちゃくちゃいい感じで作家先生が言ってくれるっていうのが醍醐味。
「蹴りたい背中」はその凝縮感が究極にすごい。
今回のは「好きな作家とか小説とか一文を聞いて来るやつについて苦言を呈する日記」を書きたいなと思ったのでそれの序章です。
そのうち書きます。